理恵子のストーリー

なぜ瞑想を始めたの?」

 

私が瞑想に興味を持ったのは20年ほど前です。

カナダで児童相談員のソーシャルワーカーとして働きながら、海と森の側に住んでいました。仕事の後や週末は海で泳いだり、カヤッキング、ハイキング、マウンテンバイク、ジョギングなどアクティブな生活をエンジョイしていました。楽器も演奏していたし、友達も恋愛も沢山。人生を猛スピードで走りながら様々なことに興味を持ちトライしました。毎日「Life is beautiful」と思いながら生活していたある日、アーティストの友人が「真っ白なキャンバスに向かっている時が何よりもエキサイティング」と言いました。その時、「自分は今までいつも外に何かを求めていたけれど、自分の中にエキサイティングなものはあるのだろうか?」と思いました。人生をエンジョイしている反面、私の中には何か満たされない部分があり、深い充実を求めていました。それは恋愛相手やアウトドア、自然では満たしきれないものでした。

 

そのころに瞑想やスピリチュアリティに自然に惹かれました。自分を深く満たしてくれるものは自分の中にある ー自分の本来の姿、賢い神様の自分、そして神様に繋がることー と気付いた時の喜び。明るい光が私の人生に入ってきて、これからの道を照らしてくれました。

 

でもすぐに瞑想に専念できたわけではありません。純粋瞑想を習い、深く導かれるものを感じたけれど、いつも超アクティブでいろいろな事をやりたい私にはじっと静かに座っているのは耐え難く感じました。自分に瞑想が必要だと感じていたけれど、それが毎日の習慣になるまでには時間がかかりました。

 

今は瞑想で深く神様と生命エネルギーに満たされると、すべてが満たされると実感しています。聖書の「まず神の国を探せ、そうすれば全ては添い与えられるであろう」というのは、瞑想で自分の内に神様を見つけることです。

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「瞑想で人生が変わった?」

 

瞑想を始めてから様々な面で、私と私の人生は良いように変わりました。

 

瞑想をする前の私はいつもソワソワ落ち着かない。一人でテレビを見るよりはトイレ掃除をしている方がいい、と言うぐらいいつも何かをしていないと気が済まなかった。テレビは落ち着いて見れないから25歳の時に捨てた。いつも何かをすることに気を取られて、私は他の人を思いやる余裕がなかったと思う。

 

自分のエネルギーをどうやってコントロールすればよいか分からなかったから、毎日朝から晩まで猛スピードで突っ走った。朝5時過ぎに起きてエスプレッソを飲み、ジョギング。そのあと海で泳ぎ、長風呂にはいって本を読む。お風呂に入っている間には、前日から発酵させていた手作りパンをオーブンで焼く。そしてストレッチ。自転車で職場に8時半に着く。仕事の能率も良く、残業は殆どしない。仕事の後は家に帰っても落ち着かないから、アウトドアスポーツを楽しんだ。

 

他人から見れば、私は超アクティブで充実した生活をしていると思ったかもしれないが、実は自分自身とどのように付き合ったら良いのか分からなかった。

こんな毎日を過ごしていたある時「自分をもっと知りたい、自分と仲良くなりたい」と思った。

そして5日間の純粋瞑想コースを受けた。

 

もちろん始めはじっと座っているのが耐え難かった。でも少しづつ自分の中で何かが変わり始めた。

純粋瞑想コースで習った呼吸法やテクニックを日常生活に取り入れて少しづつ自分のコントロールができるようになった。

今までは自分が何をしたいか(want)を考えていたけれど、今の自分に何が必要か(need)と考えるよう変わっていった。

そして自分一人で突っ走るのではなく、人生の流れ、神様のペースに合わせて生きることを学び始めた。

瞑想で養う落ち着き、理解、知恵、直観、集中力、忍耐なしでは、私にはとても子育てや結婚生活は続かなかったと思う。

 

いつの間にか心に安らぎを感じ余裕が出てきた。日常の様々な人や自然とのふれあいに新鮮さと喜びを感じ、それが素晴らしい贈り物だと思えるようになった。

そして瞑想をを通じて自分が生命エネルギーで満たされ、生命との一体感を感じる時、深い平和と神様への感謝の気持ちで満たされる。

純粋瞑想に出逢った自分はなんと恵まれているのだろう。

 

瞑想なしの人生は考えられないほど、瞑想は私たちと人生を良い方に変えてくれます。

 


「なぜヨガを始めたの?」

 

私は自分を少しスローダウンしたいと思ってヨガを始めました。20代と30代の前半は体を鍛えることが好きで、毎日泳ぎ、走り、自転車に乗っていました。そして時々トライアスロンやハーフマラソンに参加しました。どんなに激しい運動をしても、一晩寝たら体力は回復。でもいつも何かをしている Doing ではなく、もう少しリラックスした Being でありたいと感じていました。

 

友人に勧められてヨガを始めました。最初からヨガは自然に感じ、昔(前世)でやったことがあると感じました。私は何でも熱心にする性格なので、様々なヨガ教室に通い、様々なスタイルや先生から学びました。体を激しく動かすことが好きだった私にはゆっくりしたヨガはつまらなく、ホットヨガを世界中に広めたビークラムヨガが気に入りました。そしてティーチャートレーニングに参加しました。真夏のロサンゼルス、200人の研修生、40℃のスタジオ。40日間のハードなトレーニングを無事終え資格を取得して、バンクーバーのヨガスタジオで教え始めました。私は体がとても柔らく難しいポーズもできたので、TVのコマーシャルやショッピングモールでヨガのデモンストレーションにも参加しました。

 

でも心のどこかで、本当のヨガはこれではないと感じていました。一見かっこいい難しいポーズは形だけで、ヨガの原点であるUnion -心 体 精神 そして神様とひとつになる― とは違うと思いました。無理してハードなポーズをすると、心身に負担になりバランスが崩れると感じました。瞑想を始めてから少しずつゆっくりとしたヨガの良さが分かるようになってきました。そしてイギリスの私の師匠の元で再びヨガを習い、トランスフォーメーション ヨガの資格を取りました。

 

私たちひとりひとりはユニーク。だからヨガや他の事でも自分に合ったものを見つけることが大切。自分が変わるに連れて、自分の必要な事も変わってきます。恐れないでどんどん自分が変わることを許し、そしてその過程が私たちの成長になるのだと思います。

2019年5月4日

 


「なぜカナダに留学したの?」

 

私は高校を卒業してすぐ一人でカナダに留学しました。私の通っていた女子高はほぼ全員が大学や短大に進学する学校でしたが、私には日本の大学に進むことが自分の道でないと感じました。何を勉強したいのか、将来何になりたいのか分からないのに、大学名だけで学校を選ぶことに納得できませんでした。

 

カナダのエドモントンに遠い親戚がいたので、私は語学留学することにしました。親と相談して慎重に決断したのではなく、直観的に「これしか私の将来はない」というような頑固さで、パスポートや学生ビザ、入学申請などの準備を一人でしました。親戚の家には2週間ぐらいお世話になり、その後は大学の寮やルームメイトと一緒にアパートをシェアしました。英語とTOEFLの勉強を一生懸命しながら、いろいろと考え悩んだ1年間でした。

 

なぜ私はみんなと同じような軌道に乗って進めないのだろう?

自分の道は何だろう?

なぜ生きているのだろう?

 

その時の私は未熟で無知だったけど、とにかく精一杯生きればいい、という結論にたどり着きました。

 

その後カナダの大学へ入り、何度か専攻を変えて心理学部を卒業しました。最初は自分の小さな殻の中で必死に生きていたけれど、少しづつ私の世界が広がっていきました。そして自分の道が自然に切り開かれていきました。様々な人種や文化の友達ができ、いろいろなアウトドアのスポーツや芸術に興味を持ちました。

カナダは移民の国なので、私は自分が日本人という意識は余りありませんでした。人種や性別を問わず、みんなが私の友達だと思いました。

そして気が付いたら20年以上もカナダに住んでいました。

 

今思えば、18歳の時にカナダに行ったのは直観に導かれたからだと思います。そして後に私はカナダでイギリスに住んでいる私の師匠のことを知りました

2019年4月22日

 


「なぜヒーラーになったの?」

 

私がヒーリングを始めたきっかけは自分のバランスを整え、心と魂を深く癒してくれるものを求めていたからです。

 

カナダでソーシャルワーカの仕事を始めた時、毎日がストレスとの闘いでした。同僚もストレスで辞めたり休んだりで、人手不足でますます仕事や責任が増えました。そんなある日、私のクライアントだった少女が亡くなりました。里親や施設から逃げ出し薬物や売春をしていたので彼女の命が危ないと感じていたけれど、彼女の死はとてもショックでした。そして私は急性うつ病と診断されました。3週間の休暇を取りましたが、食欲もなく布団からも起きれない、何もする気がなく、「私はこのままどうなるのだろう」と不安でした。でも親切な友人が食事を作ってくれたり励ましてくれました。そして気分転換に友人と一緒にアラスカにキャンプに行き夜空いっぱいのオーロラを見また。その後日常生活と仕事に復帰できましたが、心はずっと重いままでした。

そのころナチュラル スピリチュアルヒーリングに出逢いました。初めてヒーリングを受けた時どう感じたかは覚えていません。ただ「自分にはこれが必要だ」と感じ、定期的にヒーリングを受けました。その時の私には何が起きていたのかわかりませんでした。今思えば、私の魂が神様の愛と光に包まれて、少しずつほぐれ癒されていたのでしょう。そして再び元気な自分を取り戻しました。

 

暫くしたら私もヒーリングを習いたいと思いました。何種類かのヒーリングを勉強しましたが、ナチュラル スピリチュアル ヒーリングが一番自然で純粋、神様のエネルギーをそのまま通していると感じました。そしてヒーラー研修に参加した時に、「私の魂はこれをずっと求めていた」と悟り深く感動しました。

 

ヒーラーになって10年以上たちますが、ヒーリングの不思議なパワーは計り知れないと感じています。

2019年4月15日

 


「なぜ山中湖に来たの?」

 

それは直観に、神様に導かれたからです。

 

何年も前から、将来は日本の田舎でヒーリングセンターをするのが自分の道だと心深く感じていました。そしてその時期か来たと感じた時、夫と一緒に車で住む場所探しの旅をしました。「私たちが住むべき場所に導かれる、そしてその場所が見つかったら直観的に分かる」と信じていましたが、本当に見つかるのだろうかと不安はありました。

日本地図を見て直観的に伊豆半島や富士山の周りに惹かれました。初日は伊豆半島を周って、2日目の夜に山中湖に到着。翌朝ホテルの窓から湖と富士山を見たとき、夫と私は顔を見合わせて、「ここ! いいかもしれない」と思いました。

何件か不動産屋を訪ねて幾つかの物件を見ました。そしてこの土地へ案内された時、自分の内深くでとても静かに「ここだ」と感じました。

 

まだ旅を始めて3日目だからもう少し他の場所も見てみようと長野の方へ向かいましたが、なぜかカーナビも不調になり、どこに行っても嫌な雰囲気。そして大雪警報が出て、逃げかえるように山中湖の土地に再び戻ってきました。「やっぱりここだ!」

 

それから土地の購入、ビザの申請、ニュージーランドの家や家具などすべてを売って、3か月後、201541日に家族3人で日本に引っ越してきました。いろいろと大変なことはあるけれど、神様の導きを直観として信じて、いつも見守られ助けられていると感じています。

2019年4月2日